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大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)2166号 決定

債権者

松本昌治

右代理人弁護士

内海和男

岡本栄市

債務者

ヤマゲンパツケージ株式会社

右代表者代表取締役

三木雅弘

右代理人弁護士

中山哲

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金七八万二八二六円及び平成九年八月二一日から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、月額金四八万〇一六〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金七五万円及び平成九年七月一一日から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、月額金四八万〇一六〇円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者の従業員であった債権者が、債務者のなした一方的な賃金引下げと雇用関係消滅の通知は無効であるとして、債務者に対し、従業員たる地位の保全と、未払賃金差額及び雇用関係消滅後の賃金の仮払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  平成六年六月一〇日、債権者と債務者が雇用契約を締結したこと(以下「本件雇用契約」という。)。

2  平成七年一〇月、債権者と債務者が、債権者の賃金年額を八四〇万円から七〇〇万円(月基本給四五万円、一時金八〇万円年二回)に減額することを合意したこと。

3  債務者は債権者に対し、平成九年五月二五日、六月二五日、及び七月二五日、いずれも賃金を基本給月額四〇万円として支払い、六月二〇日、一時金二〇万円を支払ったこと。

4  債務者は債権者に対し、平成九年七月一六日付けで、本件雇用契約関係を平成九年七月二〇日に消滅させる旨の通知書を送付し、同通知書は平成九年七月一八日、債権者に到達したこと。

5  債権者は債務者に対し、平成九年八月八日、離職票の交付を請求し、同月一二日、債務者は離職票を債権者に送付したこと。

二  主要な争点

雇用契約の終了原因及び賃金減額の原因の存否が本件の主要な争点である。この点についての債務者の主張の要旨は、次のとおりである。その詳細及び債権者の主張は、主張書面を引用する。

1  雇用契約の終了原因

(一) 定年

債務者の就業規則には、定年は満五七歳に達した日の翌日とする旨定めてあるから、本件雇用契約は、昭和一五年八月一九日生まれの債権者が満五七歳に達した日の翌日である平成九年八月二〇日、定年で終了した。

(二) 期間満了

債権者と債務者は、平成七年九月ころ、同年一〇月から賃金を年額七〇〇万円(月基本給四五万円、一時金八〇万円年二回)とし、雇用期間を平成七年九月一一日から平成八年九月一〇日までの一年間とすることを合意した。右雇用期間満了に際し、債権者及び債務者は、何ら意思表示をしないまま、黙示の更新をした。更新後の雇用契約は、終期である平成九年九月一〇日の経過により終了した。

(三) 合意解約

(1) 債権者の債務者に対する、平成九年八月八日の離職票交付請求は、平成九年七月一六日付け同月一八日到達の、債務者の債権者に対する本件雇用契約関係終了の意思表示に対する承諾である。

(2) 債権者の債務者に対する、平成九年八月八日の離職票交付請求は、債務者の債権者に対する雇用契約終了を認める意思表示であり、これに応じて離職票を送付することは、債務者の債権者に対する承諾である。

2  賃金の減額原因(黙示の承諾)

平成九年二月一九日ころ、債務者の常務取締役木下勝康(以下「木下常務」という。)は債権者に対し、債権者の職務内容(段ボール箱の裁断)と遂行能力からみて現在の賃金は高過ぎると説明して、今年の賃金改定期から年額五〇〇万円(月額四〇万円、一時金二〇万円)とすると告知したところ、債権者は否定も肯定もしなかった。債務者は、説明したとおり、債権者に対し、平成九年五月二五日に五月分の賃金を基本給四〇万円として、同年六月二〇日に一時金二〇万円を、同月二五日に六月分の賃金を基本給四〇万円として、それぞれ支払ったが、債権者は同月二六、七日ころまで異議を述べなかった。右によれば、債権者は賃金の減額につき黙示の承諾をしたものである。

第三当裁判所の判断

一  権利関係について

1  認定事実

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 債権者は、昭和一五年八月一九日生まれで、大学を中退した後、昭和四四年五月に日本連合紙器株式会社に入社し、昭和四六年一月に本州印刷紙器株式会社に移籍し、昭和五一年四月に相互紙器株式会社に移籍し、移籍と同時に生産管理課長となり、昭和五七年には業務次長、昭和六三年には業務部長となり、平成二年六月には取締役業務部長に就任し、平成六年六月まで取締役を二期四年間勤めた者である。

債務者は、段ボール箱並びに各種紙容器の製造及び販売等を目的とする株式会社である。従業員数は、王子製紙株式会社の出向者を含めて二〇名程度である。もともと、債務者及び相互紙器株式会社は、いずれも本州製紙株式会社の子会社であり、債務者の代表取締役は、本州製紙株式会社の高槻事業部長を兼務していたが、平成八年一〇月、本州製紙株式会社は王子製紙株式会社と合併し王子製紙株式会社となったものである。

(二) 債権者の二期目の取締役任期が間もなく満了となる平成六年五月三一日、債権者は、本州製紙株式会社高槻事業部において、取締役任期満了後の勤務先について、同事業部の高田次長及び債務者の監査役仲義一から、年収八四〇万円(月基本給五〇万円、一時金一二〇万円年二回)の条件で債務者に入社するように言われ、当時の年収が九四〇万円であったことなどから、承諾した。期間は特に定めなかった。

(三) 平成六年六月一〇日、債権者は、取締役退任と同時に相互紙器株式会社の従業員も退職し、そのころ、右(二)に記載の条件で債務者に就職した。債務者における債権者の役職は工場長代理であったが、実際に与えられた業務はダンボール紙の切断作業であった。

債権者が入社した当時、債務者には昭和六〇年一〇月一日付け就業規則(〈証拠略〉。以下「旧規則」という。)があり、総務担当者のファイルの間に保管されていて、債務者は従業員の労働時間の管理等につきこれに基づき処理していたが、社内に掲示されてはおらず、その存在又は内容は従業員の間に周知されていなかった。旧規則には定年は満五五歳とする旨の規定(九条)があったが、この規定の適用により雇用契約が終了した従業員はいなかった。債権者の入社の際、債務者は債権者に対し、就業規則又は五五歳定年制の存在を告げなかった。

(四) 平成七年八月一九日、債権者は満五五歳となったが、債務者から定年で雇用関係が終了すると言われることはなく、そのまま勤務を続けた。

(五) 平成七年一〇月、債務者から債権者に対し、年収を八四〇万円から七〇〇万円(月基本給四五万円、一時金八〇万円年二回)に減額したい旨の申し入れがあった。債権者は賃金の減額を了承した。

(六) 債務者の賃金支払いは毎月一〇日締めの二五日払いであり、平成七年一〇月二五日、債務者は債権者に対し、一〇月分の給与(基本給四五万円)が支払われたが、その給与明細の袋に、雇入通知書と題する書面(〈証拠略〉)が同封されていた。同書面には、給与等の雇用条件のほか、債権者の雇用期間を平成七年九月一一日から平成八年九月一〇日までの一年間とする旨の記載があった。債権者は、同書面の記載につき、債務者に対し特に異論等を申し入れなかった。

(七) 平成九年二月一〇日、債務者は、旧規則を改訂し、新しい就業規則(〈証拠略〉。以下「新規則」という。)を制定した。新規則には定年は満五七歳に達した日の翌日とする旨の規定(二四条)があった。実施日は平成九年三月一一日と規定された。

(八) 平成九年二月一九日、木下常務は、債権者に対し、債務者は五七歳定年なので、定年後は年収五〇〇万円(月基本給四〇万円、一時金二〇万円)で再雇用すると通告した。債権者はこれを了承する旨の返事をしなかった。

(九) 平成九年五月一日、債務者は従業員を集めて新規則の説明会を開いた。

(一〇) 平成九年五月二五日、債務者は債権者に対し五月分の賃金を支払ったが、基本給は右(八)で木下常務が定年後の雇用条件として通告した四〇万円しかなかった。債権者は、木下常務に対し、この措置につき異議を述べ、五七歳定年や年収五〇〇万円の提案を拒否すると述べた。

(一一) 平成九年六月二〇日、債務者は債権者に対し、一時金二〇万円を支払った。

(一二) 平成九年六月二五日、債務者は債権者に対し、六月分の賃金を基本給四〇万円として支払った。

(一三) 債務者は、債権者に対し、平成九年七月一六日付け通知書(〈証拠略〉)を送付し、平成九年七月一八日、債権者に到達した。この通知書には、債務者は満五七歳定年であり、満五七歳を越えて債権者を雇用し続けることは予定していないこと、債権者との雇用契約は平成八年九月一〇日付けで期限切れになっていること、平成九年七月二〇日に債権者との雇用関係を消滅させること、解雇予告手当に見合う所定内賃金一カ月分相当額を債権者に支払うこと等が記載されていた。

(一四) 平成九年七月二五日、債務者は債権者に対し、七月分の賃金を基本給四〇万円として支払った。

(一五) 債権者は債務者に対し、平成九年八月八日、離職票の交付を請求した。同月一二日、債務者は離職票を債権者に送付した。

2  判断

(一) 雇用契約の終了原因について

(1) 定年

債務者は、新規則二四条には定年は満五七歳に達した日の翌日とする旨の規定があり、債権者は平成九年八月一九日に満五七歳に達したことを主張し、その事実は右のとおり認められる。しかし、債権者は、右新規則の規定は就業規則による労働条件の不合理な不利益変更に当たる、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律四条に違反し公序良俗違反である、不合理な定年制の設定であり権利の濫用である、の各理由により効力を有しないと主張している。

よって検討するに、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、旧規則は、就業規則という表題を有し、就業規則らしき条文構成からなり、従業員代表の署名押印がなされているけれども、絶対的記載事項である賃金に関する規定を欠き(別途賃金規定が存在した旨の疎明はない。)、所轄労働基準監督所長に届け出てもおらず、実質的改訂にあたるものが手書きで書き込まれていて(旧規則二二条及び二六条)規則改廃手続きが取られた形跡がなく、また、右認定のとおり、債務者は旧規則を総務担当者のファイルの間に保管し、従業員の管理等につきこれに基づき処理していただけで、社内に掲示する等の周知方法を講じておらず、満五五歳定年で雇用契約が終了した従業員はおらず、債権者が満五五歳に達したときにも雇用契約が定年で一度終了したものとして取り扱われておらず、現に満六二歳の従業員が在職しているのである。これによれば、旧規則は、表題こそ就業規則であるが、その実態においては債務者が従業員を管理すること等を目的として自己のために作成した内部文書に過ぎず、労働基準法上の就業規則としての実質を有しないというべきである。

すると、五七歳定年を定めた新規則の制定は、それまで就業規則上の定年制が存在しなかったところに新たに五七歳定年制を導入したもので、労働者に不利益な規定を就業規則上新設したものであるから、就業規則の不利益変更の問題となる。就業規則の不利益変更の拘束力については、使用者が新たな就業規則の制定又は変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の統一的かつ画一的な処理を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が合理的なものであるかぎり変更に同意しない労働者をも拘束するものと解する。そこで、債務者において平成九年二月一〇日という時期に五七歳定年を定めた就業規則を制定すること(これを以下「本件不利益変更」という。)の合理性をみるに、(証拠略)によれば、債務者の従業員は期間の定めのある者が大半を占め、期間の定めのない者は債権者を除けばいずれも若い二名に過ぎず、年功的賃金体系と長期雇用制が強固に存在しているわけではなく、定年制を合理的なものとする基盤が存在しないこと、債務者においては従来労働者を定年で雇用終了させたことがなく、それでも支障なく企業経営が行われてきたもので、六〇歳定年制が強行法化される一年余り前の時点において新たに五七歳定年を導入すべき必要性が認められないこと、従業員の年齢構成及び六〇歳定年制が強行法化される時期からみて、五七歳定年が現実に適用されることになるのは債権者のみであり、債務者は新規則を制定した直後に債権者に対し五七歳定年であることを述べて雇用条件の引下げを迫っていることからすると、本件不利益変更は、高賃金で雇い入れた債権者を狙い撃ちにして賃金の引下げを要求する手段の疑いが濃く、合理性が認められない。

したがって、本件不利益変更は無効であり、債権者が満五七歳に達した日の翌日である平成九年八月二〇日に本件雇用契約が定年で終了したとは認められない。

(2) 期間満了

債務者は、平成七年九月ころ、雇用期間を平成七年九月一一日から平成八年九月一〇日までの一年間とする旨債権者と合意したと主張し、それに沿う(証拠略)を提出するが、具体的でなく、いつどこでどのような説明と交渉の結果そのような合意に至ったのか不明であり、雇入通知書(〈証拠略〉)に「雇用期間平成七年九月一一日から平成八年九月一〇日まで」と記載して債権者に交付し、債権者がそれに異論を述べなかったこと自体を合意と主張する如くでもある。

期間の定めのない雇用契約が締結された場合に、これを期間の定めのある雇用契約に変更するには、雇用契約の基本を変更するものである以上、使用者と労働者の合意が必要であり、使用者が、一方的に雇入通知書に雇用期間の定めを記載して労働者に交付しても、雇用が当然に期間の定めのあるものとはならないし、事項の重大性に鑑みると、労働者が速やかに異論を述べないと黙示の同意があったものと推認することも相当でない。したがって、債権(ママ)者の右主張は採用できない。

なお、債務者は、本件雇用契約が当初期間の定めのないものであった旨の債権者の主張を否認し、(証拠略)を提出しているが、(証拠略)は直接合意に関わった者として述べているのではなく、本件雇用契約締結当時の債権者の年齢と賃金が高額であることから一年の期間を定めないことはあり得ないと理屈をいうに止まり、雇入れの時に一年の期間を定めた雇入通知書の交付がないこと、採用から一年後である平成七年六月一〇日ころに雇用契約の更新も賃金改訂もなされていないことに照らし、採用できない。

(3) 合意解約

労働者が雇用契約終了の効力を訴訟で争っている場合に、使用者に対し離職票の交付を請求したとしても、使用者に雇用契約の終了原因を明らかにさせるために行ったものとも、雇用保険の仮給付を受けるために行ったものともみることができるから、雇用契約の終了を認める意思表示とは解することはできない。また、使用者から雇用契約が終了したとして労働契約上の地位を否定された労働者が、あらためて就労の意思表示をしないと、雇用契約の終了を認めたことになるとはいえない。したがって、債務者の右主張は採用できない。

(4) 結論

右によれば、債務者の主張にかかる本件雇用契約の終了原因はいずれも認められず、債権者は債務者に対し労働契約上の地位及び賃金請求権を有していることになる。

(二) 賃金の減額原因(黙示の承諾)について

前記認定によると、平成九年二月一九日ころ、木下常務は債権者に対し、債権者の定年後の雇用条件として賃金を年額五〇〇万円(月額四〇万円、一時金二〇万円)とすると申し入れたもので、同年の賃金改定期から年額五〇〇万円にすると言ったわけではないから、債権者はこれに対し否定も肯定もしなかったとしても、同年の賃金改定期から年額五〇〇万円にすることに黙示の承諾を与えたことにはならない。債務者は定年後の雇用条件としての申入れであることを否認し、木下常務はそれに沿う陳述をするけれども、債務者が五七歳定年を定めた新規則を制定した直後であること、賃金引下げの幅が二〇〇万円もあり一時金も年一回になるなど平成七年一〇月の賃金改訂に比して大幅な改訂であることに照らすと、定年後の雇用条件としての申入れであったと認めるのが相当である。また、突然重大なことを告げられた場合に即座に拒否の意思を表明しないと黙示の承諾があったものと認めることは相当ではないし、債権者は基本給月額四〇万円として初めて賃金が支払われた平成九年五月二五日の直後に木下常務に対し異議を述べているから、異論を述べずに賃金を受領することによって黙示の承諾をなしたものとも認められない。ちなみに、賃金は労働者と使用者との合意によって定められるべき労働条件の基本であり、使用者が一方的に査定して決定する権限を有するものではないから、ある労働者の賃金が実質的に高過ぎるとしても、使用者が一方的意思表示によってこれを減額することはできない。したがって、債権(ママ)者主張の賃金減額原因は認められず、債権者は債務者に対し、年額七〇〇万円(月基本給四五万円、一時金八〇万円年二回)の賃金請求権を有することになる。

三(ママ) 保全の必要性について

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者の世帯は、妻と成年の娘二人との四人家族で、雇用契約終了前の収入は、債権者の債務者からの賃金月額四五万円(通勤手当を除く。)と、娘二人の給与からの月額約四万円の合計約四九万円で、債権者の給与が世帯の中心的な収入源であり、他方、具体的金額として認定できる支出月額は、家賃九万三〇〇〇円、駐車場代一万五〇〇〇円、水道光熱費及び電話代約三万五〇〇〇円、食費・嗜好品費約一五万円、交通費約二万円、医療費・薬代約五〇〇〇円(通院の時は一万円を超える。)、被服費約二万円、文化教養費(新聞代・本代)約一万円、雑費約一万円、交際費約二万円、債権者と子供一人を被保険者とする生命保険料約二万円、府市民税約二万円、国民健康保険料二万五六〇〇円、借入金の返済約五万円の合計約四九万三六〇〇円である。これによれば、債権者の世帯が生計を維持するためには、債権者の基本給及び賞与の全額が必要と認められる。

そこで、幾らの賃金が未払いになっているのかをみる。債権者の平成九年五月分から七月分までの賃金のうち各金五万円と平成九年夏の一時金のうち金六〇万円の合計七五万円は未払いとなっている。同年八月二五日の支払いについては、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、平成九年七月一一日分から同月二〇日分までの賃金として所定内賃金の四〇パーセント相当分を、平成九年七月二一日以降は所定内賃金の一カ月相当額を支払ったと認められるが、七月一一日分から同月二〇日分までとしての所定内賃金の四〇パーセントとは一七万二〇六四円であり、債権者主張にかかる賃金月額を日割計算した一五万四八九〇円より一万七一七四円過払いとなる。七月二一日以降分の所定内賃金一カ月相当額とは、基本給四〇万円としての支払いであって、五万円が未払いであるものとみられる。したがって、平成九年八月二〇日分までの賃金については、八〇万円から過払額一万七一七四円を差し引いた七八万二八二六円が未払いとなっているものと認められる。平成九年八月二一日以降分については、弁済期到来分についてはその全額が未払いであり、弁済期未到来分については本件紛争状況からみて任意に支払われる見込みはないと認められる。債権者の基本給及び賞与の全額が必要である以上、右全額について、本案第一審判決言渡しまでの間、保全の必要性が認められる。なお、本決定において労働契約上の地位を仮に定める以上、通勤手当についても保全の必要が認められる。

四  結論

よって、債権者の申立てには右限度で理由があるから、これを認容し、その余の申立てを却下することとして、事案の性質上担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 池下朗)

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